立花隆著「臨死体験」を読む ― 5 「天から何かが降りてくる人」vs「非現実的現実に対する感受性がない人」

立花隆著「臨死体験」を読む ― 5 「天から何かが降りてくる人」vs「「非現実的現実に対する感受性がない人」

 

立花隆著「臨死体験(上)」を読んでいます。

 


 

 

「第七章 超能力の虚実」

 

 

p242

 

これと同じような問題が、催眠退行で、出生時の記憶や胎児時代の記憶を引き出す

場合にも起こる。 だから、そういう場合、それが本当の記憶か、それとも頭の中で

こしらえあげた記憶なのかを十分吟味する必要がある。

 

・・・偶然とは考えられない一致点があれば、それは真正の記憶である可能性が高い。

 

==>> 催眠術による年齢退行というやり方があるそうで、心療内科などの一部の

     クリニックでは実際に行われているようです。

     私も一度経験したいんですが、高額だし、催眠退行で見たものが実際の記憶

     であるかどうかの検証もできないので、意味がなさそうです。

 

p248

 

いずれ全人類が、新しい次元へ、新しい世界へ移行していくことになるでしょう

臨死体験者は、この新しい人類進化の先がけなのです。 臨死体験において、人は

この三次元世界を超越して、時間にも空間にも縛られない高次元の世界に入っていき

ました。 死というものが存在するのはこの三次元世界だけで、その次元を抜けると

死はないのです。

 

==>> これはその4でも出て来たキルデ医師の話です。

     立花隆さんは、キルデ医師をインタビューしながら、「実に頭脳明晰で、

     どんな質問にも適確かつ明快に答えてくれる人で、UFOの話をのぞくと

     いささかも精神の狂いを感じさせるような人物ではなかった」人の話を

     それでも一定の疑問を持ちながら聴いているんです。

 

     この次元を超えるという話を聞くと、先に読んだこちらの本に魂が次元を

     超えるという説がありました。

 

     理論物理学vs仏教哲学 「神と人をつなぐ宇宙の大法則」

     https://sasetamotsubaguio.blogspot.com/2021/06/blog-post_10.html

     「p58

・・・死んで魂だけの存在になれば、距離も時間も関係なくどこにでも行ける

わけですね。

そうです、魂は完全ですから。 完全調和の一部ですからね。

魂の状態になって見てきたとき、認識力はまったく同じですか。

同じにあったそうです。 ただ、個性はだんだんなくなるといっていました。

・・・それで彼(木内さん)は「ヤバイ、このままだと完全調和と合体してしま

う」と思って、東京の病院にある自分の身体のほうを意識して、やっと戻れた

そうです。

・・・死ぬと個性はだんだん消えるんです。」

 

==>> これは3度の臨死体験をした木内さんの話を元にした

     会話になっています。

     人間はビールの泡だったのが、死ぬとビールの液体、つまり完全調和の方に呑み

込まれてしまうようです。そして、意識はあるけれど、次第に個性が無くなって

いく。

 

「p63

個性というのは、人間の生命力のほうについているものです。肉体を動かして

いるエネルギーですね。それは本来、霊魂とは関係ないもので・・・・。

・・・死んでも生命力の方が霊魂だと思っている人は、そこにへばりつくわけ

ですよ。 それを説得して成仏させるのが僧侶の務めなんです。」

 

     ・・・つまり、日本の理論物理学者の中にも、このような考え方を持っている

     人がいるということです。

     私は、こういう考え方は嫌いじゃないんですが、どこまで説得力があるのかと

     いうと、かなり疑問に思います。

     いきなり話が飛んでしまうと、見えなくなるのでイヤなんです

     せめて、ゴルフボールが飛んでいった軌跡ぐらいは見せてもらわないとねえ。

 

p251

 

私がこれを聞いて思い出したのは、宇宙体験を通して得た宇宙飛行士の意識変化である。

詳しくは私の「宇宙からの帰還」の中で述べていることだが、宇宙飛行士の中にも、

このような神秘的合一感を得たという人々が何人かいた。特に、エド・ミッチェルの、

「宇宙の本質は、物質ではなく霊的知性なのだ。 この本質が神だ」「人間は物質レベル

では個別的存在だが、精神レベルでは互いに結合されている。人間のみならず、世界の

すべてが精神的には一体である」と言った認識・・・・

 

p252

 

ドグマは人間が作ったものです。 神が作ったものではありません。臨死体験はどの宗教

を信ずる人にも、同じように起きます。キリスト教であろうと仏教徒であろうと、

あるいは無神論者であろうと・・・・

 

==>> こういう意味合いの精神的体験であるならば、是非とも世界の政治的リーダー

     たちには、全員宇宙飛行士になってもらいたいもんです。

     おっと、それに、宗教界のリーダーたち、特に原理主義のリーダーたちには

     率先して宇宙に行ってもらいたい。

     もっと広く、戦争をやりたい人達には全員そうしてもらって、争いごとを

     止めてもらいたい。

 

p257

 

教会に対する反撥は、教会を通さずとも自分が直接神とコミュニケートしているという

自覚があるからである。

「体験以来、自分のすぐ近くに神様がいるのを感じます。ほら、すぐそこにいらっしゃるんです。」

 

・・・「神というのは、ものすごく巨大なエネルギー源のようなものだと思います。それが

この世界の核にあり、我々人間はその核から離れたアトムのようなものです。 神は我々

すべとの中にいる。 我々はみんな神の一部だと思います」

 

==>> こういう人たちが増えると、教会も商売あがったりですね。

     教会の聖職者のほとんどが、このような神的体験者であれば、それを共有して 

     「そうだよねえ~~、私も昨日会って来たよ~~」などと信者を繋ぎとめる

     ことができるんでしょうけど。

     いわゆる、空海さんのいう顕教と密教の体験者の違いでしょうか。

     「我々はみんな神の一部だ」というのは正に曼陀羅で即身成仏ですね。

 

p258

 

ケネス・リングは、この調査の結果、臨死体験者の宗教意識の変化を総括すると、次の

七項目にまとめられると述べている。

 

(一部のみ引用)

― 自分は宗教的というよりはスピリチュアル(霊的、精神的)だとみなす。

― 既成の宗教の形式的側面に重きをおかなくなる。

― 全人類を包むような普遍的宗教の確立を願うようになる。

 

==>> ここでは、輪廻転生や東洋の宗教に対してもシンパシーを感じるなどの

     結果も書かれていて、異宗教に対する垣根を低くする効果もあるようです。

     私は、宗教は本来スピリチュアルなものだと思っていたんですが、臨死体験

     で神を実感した人たちにとっては、宗教は実に形式的なものとしか思えなく

     なるのでしょう。 したり顔の聖職者がバカバカしく見えるようになって

     しまうんでしょうね。 だから、教会はそのような体験は悪魔の仕業だと

     公式見解を出すということのようです。

     

 

p262

 

他人の思惑など気にならなくなるのである。

もう一つの顕著な傾向は、物質的欲望の否定である。

「生活の物質的側面に対する関心」は、激減が46.2%、減少が26.9%で、

増加はゼロである。

 

これとは対照的に、人生に意義と意味を求めたいという気持ちが顕著に強くなっている。

「高次の意識を獲得したいという欲求」は、激増が80.8%、・・・・

 

p263

 

実にはっきりと、物質的欲求から精神的欲求への転換があらわれている。

 

==>> これはまさに仏陀のような人のことでしょうか。

     私のような凡人の場合、物質欲はないのですが、高次の意識への欲もありません。

     是非一度臨死体験をお願いしたいものです。

     何冊本を読んでも、理解力が足りないもんだから、「高次」へ昇れないんです。

 

p270

 

「・・・いつも新しい考えを信じようとしません。科学者も同じです。ガリレオは同時代の

科学者たちに、よってたかって攻撃されたのです。 アインシュタインだって、・・相対性

理論を論じたとき、アカデミー会員たちから嘲笑を受けたんです。 私の考えがこの程度の

反撥を受けるのは当然のことです。 ・・・いずれすべてが科学的に説明され、私の正しさ

が証明されるだろうと信じています。」

キルデさんはあくまで元気なのである。

 

==>> 「いずれすべてが科学的に説明され」ることを、私も大いなる希望を持って

     待ちたいと思います。私が生きている間には無理でしょうが、魂は永遠

     だそうですから・・・

     キルデさんの態度で私が好感を持てるのは、ご本人は既に臨死体験があり

     ながらも、それが科学的に証明されることに希望を持っているという点です。

     科学的であることとスピリチュアルであることを統合する方向性を期待して、

     その二つの間に断絶をつくらないという態度が立派だと思います。

 

 

「第八章 トム・ソーヤ―の変身」

 

p282

 

もう一つの問題がある、それは・・・超常治癒現象の存在である。

 

・・・やはり臨死体験は、本当の超能力をもたらすのであって、脳内異常現象説で解釈

するのは無理があるということなのだろうか。

実はこれも科学的に解釈することが可能は可能である。

 

p283

 

医学的治療を受けて病気が治るという場合でも、正確にいうと、医者が病気を治した

わけではない。 医者がしたことは、患者が自己治癒能力をよりよく発揮できるように

助けることだけである。 ・・・人間の心と体は密接に関連しているから、病気も治る

と思えば治るし、治らないと思えば治らないという側面がある。

 

だから、・・・イワシの頭でも加持祈祷でも、手かざしでも何でもきくのである。

・・・臨死体験によって、思い込みが強くなれば、この程度のスコアの上昇は、十分に

あり得る。

 

 

==>> これは調査によって、臨死体験者が超能力を身に付けたかというアンケートで、

     非体験者よりも体験者の方の治癒能力が高いという結果についての説明です。

     「医者がしたことは、患者が自己治癒能力をよりよく発揮できるように助ける

ことだけである」という言葉は、原爆被災者の話を聞けば納得ができます。

 

私が中学生の時の保健の先生の授業でした。

その先生は、若い時に長崎の原爆の直後、動員されて長崎市に入ったそうです。

「被爆者は細胞が殺されているから、医療は何の役にも立たなかった。無力

だった・・・。 私たちはただ蛆虫を取り除いてあげることしかできません

でした。」という話をしながら涙ぐんでいました。

 

     おそらく、細胞さえ生きていれば、なんらかの体内物質などが分泌されて、

     自己治癒能力が発揮されるということかと思います。

 

p286

 

感覚細胞の能力においても、普通の人とはケタちがいのダイナミックレンジと感度を

持つ人もいる。 卑近な例で恐縮だが、うちのカミさんは、超音波を聞き取れる耳をもって

いる。 主要道路のところどころに超音波を使った交通量の測定装置があるが、彼女は道

を歩いていてあれがあるところにくると、うるさくてかなわないとよくいっている。

 

p287

 

オーラが見えるという人は、そういう人なのかもしれない。そうすると、これは超常

現象ではなくて、物理学と生理学で科学的な説明がつく自然現象ということになる。

 

==>> これで私が思い出したのは、放射線を感じる人たちです。

     東日本大震災・原発事故の後、2~3年経ってからの話だったと思いますが、

     私の知人が母と子で東京ディズニーランドに遊びに行ったところ、最初は

     娘さん、そしてご本人も、舌に鉄粉を噛むようなざらざら感がして、気持ち

     悪くなったという話を聞きました。 そして、そのご本人は、健康診断で

     X線検査を受けると必ず体調が悪くなる体質だというのです。

 

     もう一つの話は、亡霊が見えるというフィリピンおよび日本の人たち

     話です。 フィリピンの場合は、ヒーロットと呼ばれるフィリピン伝統の

     マッサージができる小母さんたちで、日本の方は、小さい頃から普通の

     人間のフルカラーで見える人たちとは別に黄色っぽい透明な感じの人間

     渋谷の街などを歩いているのが見えるという男の子の話でした。

     (フィリピンでの話はこちらに書いています。

     「地球上には この世の人間とあの世の人間が一緒に住んでいる」

      http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/11/post-097d.html )

 

 

p300

 

浮かんでくる文章を書きとって教授に見せると、それはマックス・ブラウンの「科学的

自叙伝」の一節だということがわかった。 しかしトムは、そんな本は読んだことも

なければ、見たこともなかった。・・・図書館に行ってみた。

 

「高校しか出ていないと、ちょっと難しいとは思うけど」といいながら、初歩的な

量子論の本を選んでくれた。

・・・実際に読んでみると、意外によくわかった。 ・・・数学や物理学の基礎知識は

なかったが、・・・しばらく図書館の関連図書を読みあさった

アインシュタイン、ハイゼンベルグ、ボーアなどの著書も読むようになった。

そしてついには、大学に入って勉強をし直し、物理学だけでなく、哲学、心理学、

超心理学なども学ぶようになった。

 

しかし、・・・トムは、前と同じように、除雪車の運転手として働いている。

 

こういう不思議な例もあるのである。 臨死体験で超能力が身に付いたなどという話を

聞くと、はなからマユにツバをつけて聞いてしまう人も、こういう例は否定するわけには

いかないだろう。

 

==>> ああ、羨ましい、うらやましい。 私も臨死体験がしたい。

     このような話は、既に「その4」でリンクを貼って紹介した「理論物理学vs

仏教哲学 「神と人をつなぐ宇宙の大法則」」の「完全調和」の世界から

     知識が降りて来て、湯川秀樹博士がノーベル賞をもらったという話に

     繋がりますね。

 

 

「第九章 オメガ・プロジェクト」

 

p308

 

― そういう場面が泡の中に出てくるんですか。

 

「ええ、そしてそれを再体験するのです。 だけど、今度は子供のときとちがって、

自分の気持ちだけでなく、親の気持ちもわかるのです。 母も、病気が苦しかったり、

いろいろなことがうまくいかなくて、情緒不安定になり、むしゃくしゃしていたのだと

いうことがわかりました。 それに、母は自分自身が子供のとき、親に虐待されて育った

ので、子どもを叩くということは、当たり前のことだったのです。・・・私も犠牲者だった

けど、母も犠牲者だったんだということが分かりました。 母は私を虐待するつもりじゃ

なかったんです」

 

==>> これはアメリカの女性で、脊髄の手術をして入院中に臨死体験をした人

     話です。 「あたり一面に何千何万何億という泡がただよって・・・その

     一つ一つの中に、いろんな私がいるのです。」とあります。つまり、

     時系列の自分の姿がその無数の泡の中にあるのを見たというわけです。

 

     この「バーバラ・ハリスの「臨死体験」」という本、注文しちゃいました。

     (下はアマゾンに書いてある紹介文の一部です。)

     「臨死体験前は、バーバラは大金持ちの実業家の有閑マダムでしかなかったが、

体験後は、彼女の価値観はガラリと変わり、物質的価値に一切興味を持たなく

なる。それまでの華美で安楽な生活を捨て、ひたすら苦しむ人の救済に身を

ささげるようになる。そして、価値観が全く違ってしまった実業家の夫とは離婚

してしまう。本書は、臨死体験によって、劇的にその人生が変わってしまった

1人の女性の魂の遍歴の書であるが、同時に、アメリカの臨死体験研究の歴史

を伝える書でもある。」

(面白かったら、この感想文もいずれ書きたいと思います。)

 

p321

 

ケネス・リングは、ここ数年来、“オメガ・プロジェクト”と名付ける新しい研究をすすめて

いる。 ・・・その成果の一端が90年にワシントンで開かれた国際臨死体験研究会議の

席上で発表され、大きな注目を浴びた。

 

「・・・ひとつの大きな疑問を持っていました。 それは、死にかかった経験を持つ人の

全てが必ずしも臨死体験を持つわけではないのはなぜかという疑問です。 

・・・死にかかった経験を持つ人のおよそ三分の一しかいません。・・・・」

 

p322

 

調査によると、臨死体験が起こる確率は、人種、年齢、性別、学歴、社会的地位、宗教、

思想、臨死体験に関する事前の知識などといった要素には全く左右されないという結果

が出ている。 だが、その人の性格や心理的性向に関しては何らかの関連がないだろうか

とケネス・リングは考えたのである。

 

==>> 私の場合は、その三分の二に入るわけです。

     小学生の時に一旦「ご臨終」と言われたあの時の臨死体験の記憶は全く

     ありませんから。

     

p327

 

この別の現実を見るという性向に着目して、それをもたらす一つの有力要因とされる、

意識分離の傾向があるかどうか調べてみる。 心理学の世界で、その傾向を判断する

ためによく使われているPIテストというものがあるが、その一般人の平均値が

91.90であるのに対し、体験者は106.89という高得点を示し、・・・

統計的に有意という結果が出ている。

 

・・・そういう意識分離の傾向は何よってもたらされるのか・・・

 

その手がかりを、ケネス・リングは、幼児虐待体験の有無に求めた。実は心理学の世界で、

幼児虐待は、そういう傾向をもたらす非常に強い要因になるということが前から知られて

いるのである。

 

p328

 

その結果は・・・・体験者と非体験者では、顕著にちがったのである。 

 

p329

 

この研究結果を発表したときに、会場に思わずどよめきのようなものが走ったのは、

そう解釈する人が多かったからであろう。 国際会議に参加していたかなり多数の人たち

が、研究者でなくただの体験者だったが、その人たちは、明らかに不満気だった。

 

・・・臨死体験で出会うような非現実的現実に対する感受性がない人は、そういう現象に

出会っても、それに気づかなかったり、それを無視したり、抑圧したりするのです。

虐待される子供は、虐待という現実から逃れるために、危機的場面において、人格の一部

を分離して、ちがう現実世界に入っていかせるという心理的防衛機制を発達させています。

 

==>> ここでは、ケネス・リングの山カンが当たって、研究結果が出たということ

     なんですが、「幼児虐待経験者が多いといっても、たかだか半分あまり・・・

     ・・それでは幼児虐待がなかった残り半分の人の臨死体験はなぜ起こったのか

     と立花さんもフォローしています。

 

 

p320

 

今回は、精神物理学的変化、あるいは生理学的変化に焦点をあてて調査してみた。

・・・体験者と非体験者の間にあらわれたのである。

 

p332

 

次の生理的変化でも、代謝率、体温、血圧で大きな変化が起きている。 神経系や、

脳の構造にまで変化が起きている気がするという。

生体エネルギーの流れが増大し、睡眠時間が減り、気分の変化が大きくなり、心が拡大

したように感じ、情報が頭の中にあふれかえり、超常能力や、電気製品、電子機器を

狂わせる能力を持つようになるというのが、その変化の大要である。

 

==>> これは、臨死体験の有無によって、生理的に差があるかどうかの調査結果です。

     ただし、これは主観的な報告に基づく調査であるとの但し書きがあります。

     それにしても、上述のトムさんやバーバラさんの実話があるんですから、

     何等かの事前・事後の変身・変化はあるんでしょうね。

     本当に不思議です。

     こういうのを読んでいると、どんどんスピリチュアルな世界に引きこまれて

     いきそうですね。 もっとも、私はこういうのに鈍感で一切その気配は

     ないんですけど。

     つまり私は「非現実的現実に対する感受性がない人」だということです。

 

 

次回は「第十章 色を聴く」を読みましょう。

 

 

== 次はその6 に続きます ==

 立花隆著「臨死体験」を読む ― 6 体験後の超能力は進化なのか? 根源的エネルギーとは何か? (sasetamotsubaguio.blogspot.com)

 

 

 

 

 

 

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