友松圓諦著「阿含経入門」 ― その2 「仏も昔は凡夫なり、凡夫もついには仏なり」

友松圓諦著「阿含経入門」 ― その2 「仏も昔は凡夫なり、凡夫もついには仏なり」

 

 


最古の仏教経典とされている「阿含経」の入門書を読んでいます。

  

p43

 

― 釈尊はある日、羅摩と名づくるバラモンの家で、多くの弟子たちのためにしんみりと

自分の出家以来の過ぎ越し日を述懐せられた

 

p44

 

その本願とは、自分のこの人生における老病死、憂悲苦悩というものについて正しい諦観を

もち、それから解脱しきって、病んで病まず、老いて老いず、死して死なざる底の覚悟を

もち、そこに、無病、無老、無死、無愁、無憂、無しゃく、無穢汚(むえお)、無上安穏

なる涅槃を求めようとしたのだ。

 

 

p45

 

しかし、わしには、そうした心持ちの上だけでの「無所有」というような観念的な虚無の

状態に入ったところで、いったい、それが何の役を人生の上に、社会の上になしうるだろ

かと考えてみた。 そして、結局、そんな修行は正しい智、覚、涅槃に趣き向かっている

ものでないことを考えたので、わしは思いきってそこを立ち去り、さらに、無上安穏の

涅槃法を求めて、遍歴の旅にのぼったのだ。

 

==>> ここでは、二人の師匠のもとを訪ね、修行をして、それを会得しますが、

     それでは満足ができずに、大きな樹の下で結跏趺坐をして動かず、さとりを

     得たことが述べられています。

 

p52

 

「よく考えてごらん。 この世の中に二つの、学んではいけない極端な行動があるよ。

一つは欲楽下賤の業、凡人がすべて人情の本位ちしてやる行為に執着するのだ。

いま一つは、自分で自分を煩わし、苦しめることだ。・・・五比丘よ、この二つの

極端を捨てて、中道をとるのだ。 ・・・・これこそ、智に趣き、覚に趣き、涅槃に

向かっているもの、正見、ないし、正定の八正道である

 

・・・・以上は中阿含経に出ずる羅摩経の概要を訳出してみたのである。

これはいうまでもなく釈迦が出家して以後、苦行時代、学師歴訪時代をへて、ついに

菩提樹下に成道し、つづいて五人の比丘を最初に教化された、いわゆる成道前後の仏伝

を、釈尊みずからの言葉として伝えているものである。

 

==>> ここでは、八正道というのが大切だと書いてあります。

     そこで八正道を復習してみます。

     

     馬場紀寿著「初期仏教―ブッダの思想をたどる」

― 阿含(伝承)が伝える釈迦の次第説法と「中道」

     https://sasetamotsubaguio.blogspot.com/2021/11/blog-post_3.html

     「p97

ブッダは四聖諦を認識することにより悟ったとするのは、仏典で最も多い説明

である。「律」の仏伝的記述にもそうした四聖諦の認識による成仏伝承があり、

五部派で共有されている・・・・

 

==>> ということは、「四聖諦」が一番重要ってことなんでしょうか。

     https://kotobank.jp/word/%E5%9B%9B%E8%81%96%E8%AB%A6-73362

     「仏教用語。略して四諦 (したいともいう。真理を4種の方面から考察した

もの。釈尊が最初の説法で説いた仏教の根本教説であるといわれる。

(1) 苦諦 (この現実世界は苦であるという真理

(2) 集諦 (じったい。苦の原因は迷妄と執着にあるという真理

(3) 滅諦 (迷妄を離れ,執着を断ち切ることが,悟りの境界にいたることで

あるという真理

(4) 道諦 (悟りの境界にいたる具体的な実践方法は,八正道であるという真理)

4種。」

 

     ・・・これを読むと、ああなるほど、という感じでしょうか。

     そして、その実践方法である「八正道」は、

     https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E6%AD%A3%E9%81%93-115083

     「釈迦(しゃか)の教説のうち、おそらく最初にこの「八正道」が確立し、それに

基づいて「四諦(したい)」説が成立すると、その第四の「道諦(どうたい)

(苦の滅を実現する道に関する真理)はかならず「八正道」を内容とした。」

      「(1)正見(しょうけん) 正しい見解、人生観、世界観。

(2)正思(しょうし) 正しい思惟(しい)、意欲。

(3)正語(しょうご) 正しいことば。

(4)正業(しょうごう) 正しい行い、責任負担、主体的行為。

(5)正命(しょうみょう) 正しい生活。

(6)正精進(しょうしょうじん) 正しい努力、修養。

(7)正念(しょうねん) 正しい気遣い、思慮。

(8)正定(しょうじょう) 正しい精神統一、集注、禅定(ぜんじょう)

・・・これらを読むと、具体的で分かりやすい実践方法だと思います。

ただし、いずれにも「正しい」という形容詞がついているのがミソですね。

     その意味では、まったく具体的じゃありません・・・・

 

 

p60

 

釈尊の父親はたぶん、故郷、かびらえ町の統治者であったろう。 後世伝えるごとき

豪奢な生活をしていられたのでないことは、阿含経全部を読むとわかることである。

一年になん度も別荘にうつったなどということは、よほど後世の伝説であって、この

町はほんの小さい田舎地方の物資の集散地にすぎなかった

 

そして、彼の家は・・・クシャトリアとよばれる種姓に属していた。今日の言葉でいえば、

官吏、とくに、武をかねた行政官の家柄であったとは思われる。

 

==>> たしかに、ごく一般的には城を構えた王様の息子というイメージが通説の

     ように知られていると思います。そうじゃないよとここで言っているわけです。

 

p61

 

・・・さればこそ、かの平安朝末期の一遊女の歌にも「仏も昔は凡夫なり、凡夫も

ついには仏なり」とさえいわれているのである。

いかに仏陀という風格が一朝一夕において成就しえないもの、たどりつきがたいもの

であったにせよ、仏陀はやはりある人間でしかない。・・・あくまでも、仏陀の心境は

超人間の境涯ではない。

 

==>> 前回その1にはこんな記述がありました:

     「p31

釈尊はただ、もしそのときに登場したにせよ、主人公ではなしに、ワキにすぎ

ません。証明人ぐらいの程度しか役目をはたしていません。 かくして、浄土門

は釈尊を傍として阿弥陀仏を主にいたします。 大日経では毘盧遮那仏が主体

です。 普門品では観音菩薩が主人公です。」

     

     要するに、大乗仏教ではブッダを超人間とし、さらにその上に超仏様を

     テンコ盛りにしたという風情になっているわけです。

 

     「彷徨える魂を鎮めるには・・・」

     http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2010/12/post-f65b.html

     「「手に取るように宗教がわかる本」には、

釈迦(仏陀)は、自分の周りにあった「苦から逃れるための法則」に気がついた

にすぎません。神(救世主)でも預言者でもないのです仏教は基本的に釈迦に

対する信仰ではないのです。それは、この世の成り立つ「法則」を信じるので

あり、それを「法(ダルマ)」と呼びます。

原始仏教の段階では、あくまで個人が悟りを開くための共同体的要素が強く、

釈迦本人を崇拝したり偶像化することを釈迦も望まなかった。」

とありました。

 

     そしてまた、過去に読んだスッタニパータについて、こんな感想文を書いて

     いました。

     「ブッダのことば」 ええ~っ! 原始仏教は宗教を否定している?

     http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/06/post-603c.html

     「846 ヴェーダの達人は・・・・かれは宗教的行為によっても導かれないし
     また伝統的な学問によっても導かれない。 かれは執著の巣窟に導き入れら

れることがない。

・・・「宗教的行為によっても」って、どういうこと??

ここはちょっと重要みたいです。 

解説をみると、こう書いてあります:

「祭祀や儀礼が宗教にとって本質的なものであるという見解に従うならば、

原始仏教は宗教を否定しているということになる。」

・・・こりゃあ、凄いことですね。

前から疑問に思っていることなんですけど、「仏教って宗教ってよべるの?」

ってのが私の素朴な疑問なんです。

「信仰」ってことが宗教だっていうのなら、修行をする仏教ってのは自分で悟り

を開こうとしているんだから、信仰、つまり宗教じゃないんじゃないかってね。

 

 

p62

 

かの、無量寿経の語るところによれば、後年、阿弥陀仏として衆生救済の偉大なる力

を発揮するにいたったと述べられている仏陀といえども、まことに、一介の比丘法蔵と

よぶ人間の、勇猛なる求道のたまものなのである。 いかに、阿弥陀仏についての

形容表現が神秘的に強調されたにせよ、もとを洗えば一介の人間にすぎない。

 

・・・多くの宗教における神格のごとき位置をしむるところの阿弥陀仏さえも、

一乞食僧が到達した人格的境地にすぎないということは、ここに仏教のあくまでも

人間中心の態度をとっている証拠を示していると言えよう。

 

==>> この部分は、確かにブッダが人間なら、阿弥陀仏も人間だと連想すべき

     ところなのかもしれません。 しかしながら、今まで読んできた仏教の

     本から素直に洗脳された私自身の理解は、なかなかにわかにはそのような

     解釈ができるわけでもありません。

 

     実際のところ、私自身は、親鸞さんの浄土真宗は、時々言われていること

     なのですが、非常にキリスト教的な阿弥陀一神教という信仰らしい信仰

     なのではないかと思っています。

     そういう意味でも仏教とはかなり異なる進化をしたのではないかという

     ことになります。

 

     親鸞さんの「教行信証」を読んでいて、キリスト教に似ているなと思った

     感想文を書いていました。

     山折哲雄著「『教行信証』を読む」

     http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2011/11/post-758a.html

     「なんで「懺悔」を調べてみなくっちゃと思ったかって~~と、さらに自分の

恥をさらすんですが、 もしかしたら、親鸞の念仏ってのはキリスト教の懺悔

(告解)に近い考えなのかなあ~~と思ったんです。」

「つまり、 言いたいのはですね、 どちらも修行などによって自力で克服する

というよりも、親鸞さんが言っているように、ただただ念仏を信じて阿弥陀様に

お任せする、絶対他力なんじゃないかな・・・って。 そのベースに「懺悔」が

共通してあるんじゃないかな、と感じるわけです。 その懺悔は、人間が根本的

なところで持っている、どうしようもない、自力では克服しようのない「煩悩」、

「原罪」、に対するものなんじゃないかってね。」

 

     http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2011/06/post-ce90.html

     「p234

その思考のプロセスを明示的な形であからさまに表現することは、さすがの

親鸞にも、ためらいがあったのかもしれない。 そのことに怖れの気持ちを抱き、

慎重になっていたのかもしれない。 それが自分の作品にたいして、あえて

『選択本願悪人念仏集』とか『選択本願悪人往生集』といったような形で命名

することを回避することにつながったのではないかと私は推測する。 

 

もしもかれがそのような挙にでることがあれば、世間はそれを師にたいする

あからさまな挑戦、反逆とうけとることが避けがたかったからだ。 

『選択本願念仏集』という師の仕事にたいする冒涜的な行為と映ったとしても、

反論のしようがなかったからではないだろうか。」

 

(で、要するに。 親鸞さんは尊敬する法然さんに むちゃくちゃ遠慮していた

ってことみたいなんですね。 それで、本当は心の中に、「悪人でもみんな助け

てあげたい。」って思っていながら、それを赤裸々に主張するような本は書けな

かった。 だれでも簡単に、明快に、すっきりと、理路整然と、分かり易く、

書いちゃうと、主張しちゃうと、ヤバイよねって思ったんじゃないか。 だから、

「あんた何が言いたいの?」って思われるような感じで、本のタイトルも

「方法序説」みたいなノリの「教行信証」なんて、まったく主張の意味のない

タイトルにしちゃった。 その上、グダグダと みんなが信奉している格式の

高い経典から引用、引用で、これでもか、これでもか、分かってよ、分かってよ、

って積み重ねて、それで、自分の本音を 小出しにちょこちょこと書いて言った、

ってことみたいなんです。)

 

・・・ということで、つまり、法然さんまでは戒律と修行の仏教であって、

親鸞さんから信仰という意味合いが強い宗教になったと、私は感じています。

もちろん念仏ということでは同じなのですが・・・

 

 

== 次回その3 に続きます ==

 友松圓諦著「阿含経入門」 ― その3 「一切不説」、「無記」、役にも立たない議論をグダグダやってんじゃないよ? お釈迦様は、功利主義で実証主義 (sasetamotsubaguio.blogspot.com)

 

 

 

 

 

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