黒木登志夫著「新型コロナの科学」を読む ― 2 メルケルはR(再生産数)を語る、日本はどう?
黒木登志夫著「新型コロナの科学」を読む ― 2 メルケルはR(再生産数)を語る
黒木登志夫著「新型コロナの科学:パンデミック、そして共生の未来へ」を
読んでいます。
p80
医学部とは数学のできる学生を入学させて、暗記教育により数学的才能を潰して
卒業させるところである。 入学早々、すべての骨のあらゆる部分をラテン語で
記憶する教育(骨学という)により、学生は、暗記がこの世界で生きる術である
ことを思い知らされ、数学から遠ざかる。
・・・何しろ、数式が出てくると、指数関数的に読者が減っていくというのだ。
==>> はい、その読者とは私のことです。
それはともかく、半分冗談としても、医学部とはそういうところなのだろう
との推測はできますね。
しかし、今後はそういう知識集約型の分野は、AIに置き換えられてしまう
という話もありますから、今後の医学部はAIを使いこなす技術が求め
られるのではないかと思います。その場合は、数学が必要になってくる
のでしょうか?
p83
感染の数理分析は、1927年に発表されたカ―マック・マッケンドリックのSIR
モデルが基礎となっている。 マッケンドリックは、軍医としてインドで勤務した後、
エディンバラに戻り、SIRモデルを発表した。 ・・・スペイン風邪の7年後に
発表された古典的な数式は、100年近く経った今も、感染症の基本理論として広く
使われている。
・・・コロナ流行を機に、多くの数理研究者たちの興味を引き、さまざまな条件を
想定したモデルが、国内外から発表されている。
p86
西浦博は「8割おじさん」と呼ばれていた。 人と人とのコンタクトを8割下げよう
と繰り返し主張したためである。 何故、8割なのか。Rを2.5とすると、
その8割減は0.5となる。 すなわち、感染は縮小にむかうからである。
感染の広がりの指標だけがRの役割ではない。 スーパースプレッダーや集団免疫
など感染に伴うさまざまな問題への対策を考える上でも、再生産数は欠かすことの
できないパラメーターとなる。
==>> このような数理分析の話を読んでいて思うのは、なぜ日本の新型コロナ対策
の司令塔はこのような数値に基づいた科学的なアプロ―チを国民に
示さないんだろうということです。
この本を読んでいくと、その辺りの事情が分かってきます。
p89
緊急事態宣言が出されたとき、「出口」が議論になった。 しかし、「出口指標」は
簡単ではない。 Rtが1を切ったと聞くと、収束に近づいた、あるいは収束したと
思う人がいるが、この数字は、増減の傾向を示しているので、収束判断とは関係ない。
理論的に、収束の判断根拠を示すことはできない。 WHOも収束の明確な判断基準
を示していない。 SARSなどのときは、感染症の潜伏期の2倍の期間新規感染者
が出ないことを、当該地域(国)の収束としている。
==>> Rは再生産数のことで、「R0は、誰も免疫をもっていない集団に一人の
感染者が入ってきたときであるのに対し、Rtは感染者がすでに存在する
かもしれない集団を対象としている」
基本再生産数と有効(実効)再生産数と呼ぶそうです。
数式は複雑で計算もやっかいなものだそうです。
一応本には説明が書いてありますが、ご自分でお読みください。
p90
イギリスは、熱帯地方に植民地をもっていたこともあり、伝統的に熱帯病、感染症
の研究に強い。 ・・・「世界感染症研究センター」がある。 200人以上の
理論疫学の研究者たちが、エボラ出血熱、マラリア、ジカ熱、インフルエンザ、
HIVそして新型コロナウイルスのような、世界の健康を脅かす感染症の研究を
行なっている。
・・・・「レポート13」(3月30日)はロックダウンの有効性を証明した。
p91
ボリス・ジョンソン首相は迷っていた。 ・・・イギリス政府には、パンデミック、
天災などの緊急時に政府に進言する科学者のグループ、SAGE(非常時科学諮問
委員会)がある。 ・・・ロックダウンが必要と主張したが、EU離脱を控えた
政府は経済への影響を恐れ、受け入れなかった。
p92
流れを変えたのは、ファーガソンの「レポート9」であった。 R0を2.4として
シュミレーションした結果、もしロックダウンのような強力な対策をとらないと、
イギリスでもアメリカでも81%の人が感染し、イギリスでは51万人、アメリカでは
220万人の死者が出ると予告した。・・・・ジョンソンはついにロックダウンに
踏み切った。
p93
Rtは少しずつ低下したが、2以下にはならなかった。 しかし、3月24日に
イベント禁止と完全なロックダウンに踏み切ると、Rtは1に近いところまで落ちた。
・・・ロックダウン政策をとった10カ国・・・は、すべてRtが1前後に落ちた
のに対し、ロックダウン政策をとらなかったスウェーデンは2-3の間に留まっている。
ロックダウン政策により、これらの国々では、合計5万9000人の命が救われたと、
ファーガソンは結論している。
p95
ドイツも、Rtをコロナ対策の中心に据えている。
メルケル首相は、しばしばRtを引用して、コロナ対策について語る。
物理学者であった彼女は、SIRモデルの数式を頭に思い浮かべるのであろう。
==>> ジョンソンさんは、ニュースなどではなんだかトランプさんと同じ
ような政治家だというイメージが作られていましたが、ちゃんと
科学的なアプローチを受け入れてきちんとした政策を実行したことは
かなり異なっていますね。
日本の場合は、政策の根拠がほとんど見えないので、イライラが
溜まります。
スウェーデンについては、集団免疫へのアプローチがどうなるか
興味をもって見ていたんですが、結果的には高齢者にシワ寄せがいった
感じになったようです。
ところで、日本の実効再生産数ですが、こちらのサイトで数値が書いて
ありました。
「新型コロナウイルス感染症の直近の感染状況等(2021年8月11日現在)」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10572-covid19-ab47th.html
「実効再生産数:
全国的には、直近(7/25時点)で1.39と1を上回る水準が続いており、
首都圏、関西圏では1.37となっている。」
「これまでに経験したことのない感染拡大の局面を迎えているが、医療提供
体制や公衆衛生体制の拡充による対応には限界があり、集中治療室等での
対応など一般医療の制限や救急での搬送が困難な事例も生じている。多くの
命が救えなくなるような危機的な状況さえ危惧され、一刻も早く、現下の感染
拡大を速やかに抑えることが必要であり、改めて、こうした危機感を行政と
市民が共有して対応し、ただちに、接触の機会を更に削減することが必要で
ある。」
p108
1月23日: 武漢市民は、突如として封鎖令を迎えた。 1000万人の人口を有する
大都市が感染症のために封鎖されるのは歴史上ほとんど前例のないことだった。
・・・しかし、この決定はやはり正しかった。 家に閉じ込められた900万人の武漢
市民は、住民による自発的な組織を作ることによって日常生活の問題を解決していった。
ネットサービスにより団体購入を進め、生活必需品の問題を解決した。武漢市政府は、
公務員を総動員して、居住区に派遣し、住民サービスを手伝った。
==>> 武漢で実際にどんなことがあったのか、情報統制ができる中国のことですから
本当のところは分かりませんが、さて、東京ではこんなことが現実問題として
できるでしょうか。
そして、日本政府は、そういう事態になることを含めて想定しているので
しょうか。 あるいは、いつものように「想定外だった」で終わらせるので
しょうか。
p110
3月24日: 通告があった。 武漢以外の地区はすべて封鎖を解除。武漢市は、
4月8日に解除する。 米中の政治家がお互いに相手国を非難している中で、
米中の医者たちは手を結んだ。 彼らには、政治的偏見も国家意識もない。 お互いに
経験を披露し、研究の手掛かりを提供し合っている。
・・・毎日私を包囲攻撃した極左分子は・・・官僚たちに取り入って、急速に害毒
をまき散らしている。
==>> これは 中国政府が恐れた 方方の「武漢日記」からの引用とされて
います。 共産党の隠蔽体質や攻撃がある中での「日記」だそうです。
p111
1月3日から7日の間に中国の4チームがウイルスの性質を明らかにした。
ところが、中国政府の最上位組織「国家衛生健康委員会」から思わぬ横やりが入った。
AP通信によると、研究室のウイルスサンプルを廃棄するか、指定された研究室に
移管するようにという秘密の命令が同委員会から出された。 国の許可なくしてウイルス
情報の公表を禁止した上、コウモリのコロナウイルスを研究している石正麗への
インタビューも禁止された。
==>> この部分の国と委員会の立場の違いが分かりませんが、委員会が独自に
指示を出したということでしょうか。
この部分の前後の文を読んでみると、ウイルス情報が研究や経済的な競争
にとって重要な意味があるというようなことが書かれています。
もちろん、政治的・軍事的意味もあるのでしょう。
p112
WHOは、世界の人々の健康を守るため、各国に対し必要な情報を要求できることが、
国際法によって保証されている。 要求を受けた国は、48時間以内に情報を送らなければ
ならない。 しかし、中国の反応は遅く、最小限の情報しか出してこなかった。
新型コロナウイルスのゲノム情報の公開も2週間近く遅くなってしまった。
==>> WHOの事務局長と中国の関係については、メディアなどでも様々に
騒がれていますが、事務局長は中国ばかりではなく、日本なども褒めて
いたそうです。
p114
石正麗:(1964年生まれ)は、新型コロナウイルスの秘密に最も迫った女性で
ある。
p115
2015年、石正麗のチームは昆明の洞窟近くの住民、200人以上の調査を行った。
そのうち6人がSARSコロナウイルスの抗体をもっていた。 しかし、誰も肺炎に
罹患していなかった。 彼女たちは、雲南省の鉱山の坑道も調査した。 そこでは、6人
の鉱夫が肺炎に罹り、二人が死亡していた。
タイム誌は・・・それが人間社会に大混乱をもたらすのは時間の問題と指摘したことを
挙げている。 さらにトランプ政権が彼女の研究所がパンデミックに責任があると主張
しているが、それは根拠がないばかりか、危険な非難であるとも述べている。
p117
2020年5月のWHO総会で習近平主席は、「各国の科学者によるウイルスの起源
と感染経路の研究」を支持すると述べた。しかし、中国外務省報道官は時期尚早とも
述べた。 今こそ、WHOは中国に忖度することなく、真相を解明すべきである。
==>> 2021年8月の時点でも、WHOからの再調査にたいして、中国政府は
拒否しているとのニュースが流れています。
科学者同士は協力的であっても、国家間・政府間はなかなかそうはいかない
ようです。
隠せば隠すほど疑いたくなるのが人の性なんですけどね。
p118
石正麗の勤務する武漢ウイルス研究所・・・は、・・・
BSL4施設は、フランスの協力により2004年から建設が始まった。建設費は
約50億円。 武漢のスタッフは、リヨンのBSL4施設でトレーニングを受けた。
中国はさらにBSL4施設を3カ所に作る計画だという。 それらは、サルを使った
実験に用いられる予定である。 しかし、アメリカの専門家は、このような施設の
運営に当たっては、何よりも透明性のある運営が大事だと指摘した。
==>> 日本ですら透明性というのはかなり守られているとは思えませんから、
ましてや米国と対立する中国ですからねえ。
ところで、BSL4というのは実験室の生物学的安全レベルで最高度の
施設を指しています。
日本では、BSL4の施設が、国立感染研、理研、長崎大学にあるそうです。
p123
トランプ大統領やポンペオ国務長官は、人工的に作られた生物兵器ではないかと主張し、
その証拠もあると言っている。 しかし、ウイルスの専門家はそろって、その可能性が
ないと証言している。
アメリカの三つの研究所とイギリス、オーストラリアの研究チームは、・・・
・・・「研究室で作られたウイルスでもなければ、目的に合わせて作られたウイルスでも
ない」という結論に達した。
・・・河岡義裕(東大医科研)は、新型コロナウイするが人工的に作られた可能性を否定
して、・・・・現時点では、コウモリの新型コロナウイルスの何を変えると人に病気を
起こすように強毒化するのかは分かっていません」・・・
==>> アメリカを中心にばらまかれた陰謀論などでは、この人工的に作られた
生物兵器説も流されたようですが、結局のところ科学的には否定された
ようです。 もちろん、いくつかの国が研究はしているのでしょうが。
p125
多くの国は、WHOの方針を参考に対策を行う。 WHOの判断の遅れは、各国の対策
の遅れにつながった。 例外は台湾である。 中国の圧力でWHOに参加できない故に、
台湾はWHOも中国も信用せず、独自の判断で驚くほどのスピードで対応した。
==>> パンデミックに関しては、国際的なネットワークが絶対に必要だと
思いますが、その司令塔が官僚的になったり、政治に巻き込まれると
ろくなことにはならないようです。
台湾については、最近の状況はあまり良いとはいえないようです。
特にワクチンの確保に苦労しているらしい。
P130
感染症は、何回も繰り返して襲ってくる。 ペストは、6世紀、14世紀、17世紀、
19世紀にパンデミックを起こした。 スペイン風邪は、1918年から1920年に
かけて、3回ピークがある。 ・・・新型コロナの流行の波を、対数目盛りでグラフを
書くと、2020年10月までに明らかに三つのピークがあることが分る。
==>> パンデミックの歴史についてはいろいろなサイトで確認できますが、
年表のあるこちらの大幸薬品のサイトをご参考までに。
「人類を脅かせてきた感染症」
https://www.seirogan.co.jp/fun/infection-control/infection/pandemic.html
「感染症をもたらす病原体や対処方法がわかってきたのは、19世紀後半に
なってからで、その後、感染症による死亡者は激減しました。
しかし、1970年頃より、以前には知られてなかった新たな感染症である
「新興感染症」や、過去に流行した感染症で一時は発生数が減少したものの
再び出現した感染症「再興感染症」が問題となっています。発展途上国ばかり
でなく先進国においても、脅威となっております。」
今回の新型コロナウイルスはどんどん変異していますので、
デルタ株による第五波がいつまで続くのか、その後は新たな変異株がどう
拡散していくのか、ワクチンや治療薬はそれに追いつけるのか・・・・
p135
コロナによる死亡者数は、人口統計にも影響を及ぼした。
コロナ死亡の多い国では、これまでの平均よりも死亡が超過していることが分った(超過
死亡)。 その一つの例として、アメリカの超過死亡を・・・示す。 3月中旬から8月
下旬までの死亡者数は、それまでの平均死亡者数よりも26万人も超過している。
このうち70%が新型コロナによる死亡、残りの30%、約8万人は、見逃された新型
コロナ感染者か、あるいは、医療崩壊のため助からなかった患者であろう。
==>> この超過死亡という言葉とデータについては、こちらで確認してください。
「日本の超過および過少死亡数」
「超過および過少死亡数は、「過去のデータをもとに統計モデルから予測された
死亡数」と「実際に観測された死亡数」の差として算出されています。」
「例えば、例年の死亡数をもとにした死亡数の推定結果が「点推定値100人、
95%片側予測区間(上限)125人」であったとき、実際の死亡数が「130人」
であれば、超過死亡数のレンジは「5-30人」と提示されます(実際の死亡数
が予測死亡数を下回る場合には超過死亡数は0人とされます)。」
日本でのコロナ関連での超過死亡に関する記事は、こちらにありました。
「4月の「超過死亡」
19都道府県で増加 コロナ感染拡大の影響か」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210722/k10013153411000.html
p139
症状があるため入院した者を除く197人は千葉県のホテルに2週間隔離された。
厚労省は無症状者を隔離する必要はないと主張したが、官邸側は国民の不安を
和らげるためには、全員の隔離が必要と考え、実施した。 無症状者からの感染が
後に判明したことを考えると、この判断は正しかった。
==>> これは政府の判断がたまたま当たって良かったですね。
しかし、本来慎重であるべき厚労省が必要ないとしたのは、無症状者からも
感染するということが後から分ったにしても、また医学の常識からして
正しい判断だったとしても、正体不明の新種の感染症であるということから
考えればうかつだったとも言えるように思います。
p140
政府は武漢の後も、海外滞在の日本人救出作戦を続けた。7月までに520のチャーター
便、臨時便を使い、100カ国から1万1380人を救出した。
==>> 政府チャーター便は、フィリピンについてはありませんでしたが、感染者が
急増したインドネシアでは、こんな騒動があったそうです。
「「特別便」の問い合わせ殺到 在留邦人に混乱広がる―インドネシア」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071400974&g=int
「加藤勝信官房長官が13日の記者会見で特別便の運航を紹介すると、テレビ局
が「特別便がインドネシアへ向かう」と速報。中国・武漢に昨年送られた政府
チャーター機と絡めて報じた新聞もあった。
在留邦人の間で「政府がチャーター機を飛ばす」との誤解が広まり、混乱が発生。
在インドネシア日本大使館には「どうすれば乗れるのか」といった問い合わせが
13日だけで数十件寄せられ、14日も続いた。」
政府のチャーター便がどのような事態の場合に飛ばされるのか、はっきりとは
分かりませんが、下のニュースの内容から推測すれば、通常運行の航空便が
停止されているような国に限定されているようです。
「邦人、50か国で4000人超が帰国できず…他国と共同で支援急ぐ」
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200403-OYT1T50258/
「茂木外相は3日の衆院外務委員会で、新型コロナウイルス感染拡大による
国境閉鎖や国際線の運航停止により、約50か国で4000人を超す日本人
が帰国できなくなっていると明らかにした。政府は他国とチャーター機を
共同利用するなどし、帰国支援の取り組みを急ぐ考えだ。」
・・・ところで、ワクチン接種に関しては、海外でのワクチン接種に
不安がある在留邦人については、一時帰国して日本の空港(成田・羽田)で
接種するというやり方も予定されているようです。
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0085.html
== その3 に続きます ==
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