河岡義裕編「ネオウイルス学」を読む ― 4 古細菌ウイルスと日本の温泉、数理解析と司令塔、 悪玉と善玉ウイルス、ぽっくりウイルス?
河岡義裕編「ネオウイルス学」を読む ― 4 古細菌ウイルスと日本の温泉、数理解析と司令塔、 悪玉と善玉ウイルス、ぽっくりウイルス?
河岡義裕編「ネオウイルス学」を読んでいます。
p236
物理法則から考えると、温度が高くなるほど生物多様性は低くなるはずです。 実際、
微生物の場合、20度、30度の環境下では多様性が高いのですが、90度ぐらいに
なると非常に多様性が低くなります。その理屈に当てはめると、超好熱環境に生息する
ウイルスは多様性が極端に低いはずなのに、現実はまったく逆。 古細菌ウイルスだけ、
驚くほど多様性が高いのです。 形だけでなく、その遺伝子配列もきわめて多様性
が高く、コードされている遺伝子のほとんどが、過去に解読された全遺伝子が掲載
されているデータベースと照合しても、何にもヒットしません。
p239
高温環境下でのウイルスの多様性を知ることは、生命の起源の手掛かりも探れる
きわめて重要な課題です。
==>> これは古細菌ウイルスを研究している方のお話です。
日本には温泉が多く、80~100度の熱湯の中にいるウイルスを研究して
いるのだそうです。 その古細菌ウイルスが上記のように多様であること
が書いてあります。
生命の起源が熱水の中にあるのではないかということからこのような研究
がされているようです。
p244
90度の環境で作る古細菌ウイルスのワクチンであれば、雑菌混入の心配も無用です。
理論的には、完璧な滅菌装置がない途上国でも製造ができるので、いつか古細菌
ウイルスがヒトを救うことになるかもしれません。
==>> ウイルスの研究者の多くが、アフリカでウイルスの収集を行うケースが
多いようですが、そのアフリカの現地の人たちにとっては、経済的な
問題や設備の問題などがあって先進国のような医学の恩恵に浴することが
できない現状を身に染みて理解されているようです。
そういう中で、上記のように途上国でも出来る様々なアプロ―チを考えて
いるということです。
p249
人間をもっともたくさん殺す生物は、ライオンでもクマでも毒ヘビでもなく、蚊です。
蚊が媒介する病気で命を落とす人は、毎年70万人以上と言われるほどです。
蚊が媒介する病気の代表はマラリアで、年間60万人以上がマラリアで亡くなっています。
・・・特に発熱を起こすデングウイルスは、毎年4億人が感染していると推定されて
います。 ・・・デング熱を発症した人の中に「デング出血熱」と呼ばれる重症化
する病気に発展する人がいます。
p252
CO2の発生には通常ドライアイスを使います。
東京の公園でデング熱が発生した時のテレビニュースなどで、蚊のトラップのそばに
ドライアイスが吊り下げられているのを見た方もおられるでしょう。
==>> 日本では、私が小さかったころは蚊の対策のために蚊帳や蚊取り線香を使って
いましたが、今はほぼ見たことがありません。
しかし、フィリピンに於いては、毎年のようにデング熱が流行しますので、
私が住んできた標高1500メートルの高原都市のバギオであっても、蚊取り
線香を絶やすことができませんでした。
すでに上にp249で書いたとおり、デング熱のワクチン開発は失敗して
しまいました。
近年は、フィリピンで当たり前のデング熱など、熱帯の病気が日本でも
見られるようになってきました。 気候変動による温暖化が進んでいるよう
です。
p262
私はもともと医師ですが、現在は数理モデルを活用して、感染症の拡大予測をしたり、
感染防止策のアドバイスを行っています。 数理モデルとは、一人の感染者が近くの
人に感染を広げていくプロセスを、その伝播現象のメカニズムごとに数式化していく
ツールです。
p264
医師免許取得後に「数理モデルで感染症対策の研究をしたい」と言うと、「感染症は
近い内に制御されてなくなってしまうからやめろ」と、進路相談で必死に止められた
ものでした。 結局、反対を押し切ってこの分野の研究が進んでいたイギリスやドイツ、
オランダの大学で学び、今にいたっています。
==>> この方は京都大学の西浦博氏です。
下のサイトの記事は2020年6月の記事ですが、西浦氏のことが少しふれて
あります。 ちなみに、この方については、インターネット上ではいろいろと
議論があるようです。
https://diamond.jp/articles/-/240982
「――専門家会議での議論はどのような形で進められていたのでしょうか。
クラスター班の西浦博・北海道大学教授の発言がしばしば話題になりました。
西浦さんは専門家会議の委員ではないですが、委員長が必要と判断して第1回
目会議から来てもらっている、ほぼレギュラーのメンバーです。クラスターチーム
には西浦さんの教室の研究者が参加し実務作業を担当しています。彼の数理
モデルはいろんな批判があったけど、少なくとも日本の感染症対策で数理モデル
を見ながら対策をやったのは、今回が歴史的に見ても初めてでした。」
「日本の行政はゼネラリスト養成が基本方針ですが、例えば海外などでは厚生
労働大臣は医師がやっていたり、官僚も同じ部署に10年間務めるエキスパート
がいる。一方日本の場合、行政や国の公衆衛生の分野を担当する医系技官は、
感染症を一度担当したら社会保障分野に異動したりするなど、あまり専門人材
が生かされていません。」
・・・ここでの議論を見ると、海外のCDCなどの組織に比べて、日本の場合は
国の専門機関としてエキスパートを育成するという努力が不足していると
言えるようです。
おそらく、マスコミなどで西浦氏がいろいろと言われているのは、
日本初の新しい試みである数理モデルによる感染症へのアプローチに周りが
ついていけていないということなのではないかと推察します。
その点、ドイツのメルケル首相などは、このような数理分析に基づいた話を
本人がして、それを政策として実行しているようです。
https://sasetamotsubaguio.blogspot.com/2021/08/blog-post_87.html
「p95
ドイツも、Rtをコロナ対策の中心に据えている。
メルケル首相は、しばしばRtを引用して、コロナ対策について語る。
物理学者であった彼女は、SIRモデルの数式を頭に思い浮かべるのであろう。」
p267
韓国におけるMERSの調査では、救急外来の待合室に長時間大勢が一緒にいるなど、
インドアの医療機関での接触を頻回に経験している方からスーパー・スプレッダーが
生まれることがわかりました。 韓国ではセカンドオピニオンを求めて医院をはしごする
人が多いのですが、複数の病院を受診した人からスーパー・スプレッダーが生まれやすい
ことを確認できました。
こうした調査結果の積み重ねが、感染症の対策に活かされていくのです。
p270
一人の感染者が生み出す二次感染者の平均値を、基本再生産数と言います。
SARSの場合、一人が平均三人にウイルスを感染させるので、基本再生産数は
3です。 しかし、もし二次感染者候補のうち二人が予防接種を受けていたら、
感染者は一人にしいかウイルスをうつせません。 三人とも予防接種を受けていれば、
二次感染者はゼロになって、SARSの流行はすぐに終息します。
==>> ここには、この後に予防接種率の目標値などの数式などが紹介されています。
私は数式が出てくると、思考停止になる体質です。
p272
・・・数式の確かさを学んだことが印象的でした。
当時、オランダで麻疹が流行し、基本再生産数は20前後と高い値でした。
Ro=20で予防接種の目標を求めると、95%以上。 要するに、人口の95%が
予防接種を受ければ感染は収まります。
オランダでは、およそ94%の国民が予防接種を受けていました。 これでほぼ国単位
で集団免疫を獲得できた、と思われたのですが、実態は異なっていました。
オランダのある一部の地域で、高い確率で感染が継続していたのです。
そこは「ワクチン低接種率ベルト」と呼ばれる予防接種率の低い地域で、低所得者と
移民が多く暮らしています。 そこで、低接種率ベルト地域で大々的な接種キャンペーン
を行い、あと少しで麻疹をほぼ根絶できるところまでこぎつけました。
・・・予防や治療の行き届かない地域がある「社会のひずみ」に目を向けることの
大切さをも感じたものです。
==>> ワクチンの接種が完了した人の割合と人口当たりの死亡者数の関係を表す
データが、新型コロナでどこかにないかと探してみたのですが、なかなか
これはというデータを見つけることができません。
変異株がつぎつぎに出てくる状況では、データもどう読めばよいかも難しい
ところですね。
上記のデータは2021年8月22日に見つけたデータです。
これを見ると日本の場合は接種率が約40%になっています。
一方で、8月21日付けの下のサイトでは、実効再生産数が日本全体では
1. 193とされています。
一番高いのは高知県で 2.111、東京都は 1.086、
大阪府は 1.312、 福岡県は 1.147、 北海道は 1.209
などとなっています。
下のサイトの情報をちょっとお借りしますと、
「Dr.Tairaのブログ: 感染症と集団免疫 2018-05-26」
「たとえば基本再生産数が2であれば、集団免疫
閾値 は0.5 (50%)となる
わけです。 2009年のインフルエンザ
パンデミック におけるウイルスの場合、
基本再生産数は2.3と報告されています [8] 。 したがってこの場合は、理論上
56%の人が免疫を獲得すれば集団内での病気伝染が抑制されることになります。」
・・・従って、今現在の上記の実効再生産数を2だとすると、人工的集団免疫
であるワクチン接種率は50%となるのではないかと思います。
(ただし、基本再生産数と実効再生産数の違いが分かりません・・・・・)
よって、少なくとも日本の今の接種率40%を50%に持っていかないといけ
ないってことですね。
ただし、デルタ株の蔓延で、この実効生産数が2以上に上がったら, もっと
接種率をあげないといけなくなるという話だと思います。
p273
ウイルスのリスク評価をコミュニケートする時は、「流行対策を何も講じなければ」という
状況のように、高い数字になる可能性を躊躇なく言及しなければなりません。
逆に、現実の数値が低く抑えられた場合、「あの発表は大げさだった」とお叱りを受けます
が、それを見据えた科学コミュニケーションや政治との役割分担は日本では未発達です。
ただ、私たち感染症の制御を担う人間にとって、「大げさだった」と言われることは誇ら
しいことです。 ウイルス流行の制御に、ある程度成功したという証ですから。
p274
政府、省庁関連の集まりで私が心がけているのは、科学的に真を求め続けて「空気を読ま
ない」ことです。 経済対策に傾きがちな雰囲気の中で、「忖度」せずにリスク評価を行い、
データ分析結果をフィードバックさせなければ、と心しています。
==>> これはおっしゃる通りだと思います。
ウイルスは、空気を読んだり忖度したりと手加減はしてくれないでしょうから。
こうした西浦氏の忖度しない態度が、政府の分科会の中では嫌われるのかも。
問題は、このような数理分析に関するリタラシーを、イギリスやドイツなどの
ように、日本政府の司令塔が今後持てるかどうかにかかっていると言えるかも
しれません。
少なくとも、専門家をリスペクトし、謙虚に聴き、政策に活かすようにして
もらいたいと思います。
p280
C型肝炎ウイルスは「細胞の中に引きこもって、ずっとその細胞内で安全に子孫を増やす」
タイプと、「細胞内から粒子として外へ出て、別の細胞に感染して子孫を増やす」タイプ
と、二種類の子孫繁栄戦略を持っているように見えます。
しかし、細胞内にこもるウイルスと外へ出ていくウイルスのパーセンテージを、実験で
示すことは難しい。 そのため繁栄戦略に関してはなかなか研究が進んでいなかったので、
数理モデルでそれを研究してみることにしたのです。
p282
細胞に留まるインドアウイルスは「増えやすさ」でアウトドアウイルスに勝り、
アウトドアウイルスは「伝播しやすさ」でインドアウイルスに勝ることもわかりました。
・・・ウイルスの繁栄戦略を解明する研究が進めば、ウイルスの弱点がわかり、ワクチンや
薬の開発につながるかもしれません。
==>> この方は、数理生物学研究所の方です。大学時代は数学と物理を勉強していた
そうです。 そういう方が、感染症に関連する数理分析をしたいと、この分野
の仕事に就かれたとか。
こういう研究者が多くなればなるほど、私のような昭和の人間、特に忖度を
押し付けるような政治家は邪魔になりますね。
p286
新型コロナウイルス感染症にかかった患者さんのウイルスが体内でどのように変化する
か、コンピュータの中で再現することや、コンピュータの中で治療をすることも
できます。
この解析からは、治療の開始時期による効果の違いが明らかになりました。薬に効果が
あっても、治療の開始が遅れるとその効果は見えづらくなります。 投薬した場合と
しない場合で、ウイルスの量はあまり差が出てこなくなるのです。
==>> このような話は、今実際に実施が始まった「抗体カクテル」で議論されている
ことにも繋がりそうです。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210804-OYT1T50352/
「新型コロナウイルス感染症の軽症・中等症患者向けの「抗体カクテル療法」
と呼ばれる点滴薬が、医療機関で本格的に使われ始めた。重症化予防への期待が
大きい一方、現状では入院患者に対象が限られる。発症から8日目以降の投与で
は効果が裏付けられておらず、宿泊施設などでも早期に投与できる体制作りが
求められている。」
「効果が期待できるのは、発症初期の患者だ。だが、感染者が急増する地域で、
そうした患者が入院してくるケースはほとんどないのではないか」
・・・つまり、発症初期の患者に投与すれば重症化は防ぐ効果は出るが、
今の病院に入れるのはかなり重症にならないと入れないような状況だから、
その時ではもう遅いってことですね。
自宅待機組でも投与できるようにしてくれという話もあるようですが、
アナフィラキシーショックなどもあるので医師が付いていないとダメのよう
ですね。
p298
生物の進化には、遺伝子の変異が関わっていますが、だからといってすべての遺伝子
変異がなんらかの影響をおよぼすわけではありません。 ほとんどの場合、遺伝子に変異
が入っても影響がないか、あるいは与える影響が悪いものなので、その変異はすぐに
消えてしまいます。
p299
ところがものすごく低い確率で、生物にとってラッキーな変異が生じることもあり
ます。 ウイルスで言えば感染力が高まる、動物で言えばキリンの首が長くなりような
遺伝子の変異。 本当は首を長くする遺伝子などありませんが、キリンの首の喩えは
一般の方にわかりやすいので、よく使われています。
==>> ド素人の妄想で言えば、さまざまな遺伝子変異が起こって、仮にそれが、
他人の心が読めるような読心術遺伝子だったとしたらどうでしょう。
もしそんな遺伝子を持つ人間がいたら、周りの人間はどう感じるでしょうか。
そして、その遺伝子を持つ家系は生き残れるでしょうか、自然淘汰されて
しまうのでしょうか。
p303
より深く認識されたとはいえ、「ウイルス」のイメージは従来通り、我々人類に病気
を発症させる「悪玉」のままです。
実際には、寄生した生物に害を及ぼすどころか、恩恵を授ける「善玉」的役割を
果すウイルスも多く存在しています。 そうしたウイルスの知られざる一面を含めて
追究していくのが「ネオウイルス学」で、現状での成果は本書に記した通りです。
==>> さて、これで一冊読み終わりました。
シンプルな感想を言えば、ウイルスを身近に感じることができたということになります。
新型コロナウイルス感染症は、恐ろしい病気であって、外出もままならずストレスの多い
感染症だと思いますが、そのウイルスがどのような挙動をするのか、その正体のいくつかの
秘密が理解できただけで、変な仲間意識みたいなものも感じたり、そういう生物界を
支える大先輩、大御所に殺されるんならそれも止むを得ない・・・なんて変な達観まで
出て来そうです。
こんな奴に人類が勝てるわけがね~~なという諦めですかね。
人類によるワクチン開発について疑問や異議を唱える人たちがいます。
それはそれで分かりますが、人類がより多く生き残るためには、手段を考えつく限り
精一杯やるべきでしょう。
また、最近の遺伝子組み換えなどの技術でワクチンを作る方法も出てきました。
これに関しても、人体に悪い影響が出るに違いないと、不安に思う人たちも少なからず
いるようです。 実際に歴史を振り返れば、人類は科学を人殺しにために使って来て
いますからね。 今回の新型コロナも、兵器として開発されたんじゃないかというような
噂が一部で広がりました。
それも分かります。
私はこの本を読んで、人類が自然の一部であるとするならば、その人類が考え出すこと
も自然の一部であるだろうと思いました。
そうであれば、その人類がおこなう遺伝子操作というものも、ウイルスなどが時々刻々
起こしている変異と同じではないか。
たまたま、数限りない変異のうちのほんのいくつかを人類という自然が意図的にやって
いるにすぎない。
そして、そういうウイルスの変異であろうが、人類による変異であろうが、所詮は
自然淘汰という大きな流れの中で生き残るのか消えていくのかが決められるという
ことになりはしないか・・・・と感じるんです。
まあ、いずれにしても、何万年、何億年という尺度で変化しているんですから、
悩んでもしょうがないですね。
出来ることなら、好高齢者ポックリ病ウイルスってのが出てこないかなあ~~。
ぽっくり薬師にはお参りに行ったんですけどね。
=== 完 ===
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