アーサー・C・クラーク著「2001年宇宙の旅」を読む ― その2 ― HAL9000を狂わせた密命とは何か
アーサー・C・クラーク著「2001年宇宙の旅」を読む ― その2 ― HAL9000を狂わせた密命とは何か
映画「2001年宇宙の旅」の小説版を読んでいます。
さて、いよいよ宇宙船ディスカバリー号とHAL9000コンピュータの登場です。
p137
人類が宇宙空間にのりだして五十年このかた、このような旅が企てられたのははじめて
なのだ。 それは五年前、<木星計画>の名のもとにはじまった。
・・・ほぼ準備が終わったとき、なぜかとつぜん任務内容が変更されたのだ。
p140
ときにはボーマンは、ディスカバリー号の首席キャプテンとして、冬眠カプセルの凍り
ついた安らぎのなかにいる三人の同僚をうらやましく思うことがあった。
p144
「心配するな、デイブ。 おれだ、フランク・プールだよ。 きみの心臓と呼吸をいま
見ている。 ・・・・これからドアをあけて、ひっぱりだすからな」
==>> さて、乗務員の紹介です。 全部で5人います。 二人が起きていて、
三人は冬眠状態のまま宇宙旅行をしているようです。
p146
船の六番目のクルーは人間ではないので・・・・ 名前はHAL9000――船の頭脳と
神経系をなす高度に進歩したコンピュータである。
ハル(と人間っぽく呼んでも、「発見的プログラミングをされたアルゴリズム的コンピュ
ータ Heuristically
programmed Algorithmic computer 」を略しただけなのだが)は、
第三次コンピュータ革命がもたらした傑作であった。
==>> 略し方がかなり強引な感じですが、まあ呼びやすようにしたってことでしょう。
それよりも、解説でおもしろかったは、 HALの3文字をそれぞれひとつ
ずつづらすと、 HはI、AはB、LはMになるので、協力企業である
IBMにちょっとだけサービスをしたのではないかと書いていました。
ところで、Heuristicという単語の意味は、辞書によれば、
「(学習者の)発見を助ける、自発研究をうながす、発見的な、
ヒューリスティック(英: heuristic, 独: Heuristik)とは、必ず正しい答えを導け
るわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解を得ることが出来る方法
である。また、答えの精度は保証されないが、回答に至るまでの時間が少なくて
済む。」
と書いてあります。 つまり、自立的に学習し研究し推測し発見ができるような
高度のAIということのようです。
p148
最大の仕事は生命維持システムをモニターすることであり、酸素圧、温度、船体の空気もれ、
放射線、その他複雑にからみあった要素を絶えずチェックし、かよわい人間クルーの安全
を見守っている。
p149
船の保護に必要な手段をみずから講じ、ミッションを続行するのだ ―― その真の目的
を知るのはハルだけであり、人間の同僚たちはそんなものがあるとは夢にも思っていない。
プールとボーマンはおどけて、まるで完全自動の船に寝泊まりする管理人か掃除夫みたい
だと、よくジョークをとばしたものである。 しかし、これがどんなに真相に近いか
教えられたなら、二人とも愕然とし、激怒したことだろう。
==>> ここで早くも、隠された目的が少しだけ明らかにされています。
人間は付け足しだということのようです。 変更された目的の為には
人間は不要であって、HALだけが目的のモノを観測して地球に報告すれば
それでいいのだ・・・・と読めます。
じゃあ、なぜわざわざ人間が乗っているのか・・・・・
HALだけだったら、映画にも小説にもならないからか??
p180
・・・「問題が起こった」
「どうした?」ボーマンとプールが声をそろえた。
「地球と通信を保つのがむずかしくなっている。 AE35ユニットがおかしい。
わたしの故障予報センターがつたえるところだと、72時間以内にだめになる」
==>> さて、ここから緊張の場面に突入です。
プール副船長が船外でのユニット交換作業に出ていくことになります。
p198
すると第三の可能性ということになるが、これはもっと深刻かもしれない。
きみたちのほうのコンピュータが、まちがった故障予測をしたおそれがある。 地球側
のナイン・トリプル・ゼロは二台とも、こちらのデータをもとに、その可能性を示唆して
いる。
==>> さあ、ここがトラブルの核心部分ですね。
HAL9000は地球にも2台あって、その地球側の2台が、宇宙船側の
同型のハルが狂っていると判断しているわけです。
狂っていると言えばいいのか、意図的に仕組んでいると言えばいいのかは
謎ですが。
p203
「ハル」とボーマンはつづけた。 「なにか心配事があるんじゃないのか? ――
これの原因になるようなことが」
返事はまた不自然におくれた。 だが答えた声は、ふだんと変わりなかったーー。
「なあ、デイブ、きみが気を使ってくれるのはわかる。だが故障はアンテナ・システム
か、そうでなければきみたちのテスト方法にあるんだ。私の情報処理はまったく正常だ。
記録を調べてくれれば、エラーが皆無のことはわかると思う」
==>> 映画と比べると、小説の中での ハルとボーマンの関係は、かなり人間的と
いってもいいように見えます。 映画では、上映時間の関係で、関係性の
描写を短くしているのではないかと思えます。
p204
「故障はAE35ユニットにはなかった。・・・問題があるのは予報回路のほうだ。
・・・解決策としてはきみたちの9000の電源を切り、地球管制モードに切り替える
しかない。・・・・・」
管制室の声が遠のいて消えた。と同時に、警報が鳴り響き・・・・ハルが「非常事態、
イエロー!・・・・」と声をはりあげた。
==>> この辺りの場面は、映画と小説では微妙に違っています。
この小説では、地球にある管制室が「ハル9000の電源を切る」ことを
指示しているのですが、映画ではボーマン船長とプール副船長の極秘の会話
の中で電源を切る相談をしています。
そして、HAL9000が、反乱を決意したのは、小説では上記のように
地球の管制室が指示を出した時であり、映画ではハルが二人の極秘の会話を
口の動きを読んで盗み聞きした時になっています。
p210
何かが動くのが見えたのだ。 ―― 動きなどありえないはずのところに。
・・・ スペースポッドがまっすぐにこちらにやってくるのだ。 ―― 最大推力で。
==>> こうして、副船長は、船外活動中にハルによって殺されてしまいます。
ハルの立場で考えれば、 殺される前に殺すという理屈でしょう。
しかし、人間に与えられた任務よりも重要なハルに与えられた極秘の任務
とは何なのか・・・・
p214
いまに至ってもボーマンは、プールが故意に殺害されたという考えを納得できないで
いた。 ―― 筋が通らないのだ。
もしクルーの片方が死亡したときには、生き残った者はすぐ冬眠中のひとりを目覚め
させ、補充する規定になっている。
==>> ここでは、補充するために一人を起こすか、二人を起こすかで、
ボーマン船長とハルとの間で激しいやりとりがおこなわれます。
しかし、映画の中では、そのような議論はなく、ハルが一方的に
冬眠中の三人の生命維持装置を止めて殺してしまいます。
このような小説と映画の微妙なストーリーの違いからは、
小説の方が ハルをより人間的に描いているようにみえます。
p220
彼を創造した人びとと同様、純真無垢に生まれてきたからだ。 だが意外に早く、
一ぴきの蛇が電子のエデンに忍び入ってきた。
・・・ハルはある秘密について悩みつづけ、それをプールやボーマンに打ち明け
られずにいた。 彼にとっては、いまのあり方がそもそも偽りであり、欺瞞に手を
貸していたことに二人が気づく日はもうまぢかだった。
三人の冬眠者はすでに真相を知っていた。 ―― 彼らこそは、人類史はじまって以来
もっとも重要な旅のために訓練された、ディスカバリー号の真のペイロードであった
からだ。
しかし長い眠りのなかにある三人は語りはしないし、地球との開放回線を使って
おこなわれる友人や近親や通信社との長時間の会話でも真相を明かすことはない。
・・・ミッションの全貌は隠蔽されることになった。
==>> この小説では、ハルが上記のような理由で「悩んで」いたということに
なっていて、三人の冬眠者が密命を負っていたことになっています。
しかし、映画では、そのような背景を感じさせるものはありませんでした。
もし、映画の中で、そのような背景事情がなかったとするならば、
ハルがなぜ狂ったのかの理由が謎になりそうです。
映画は、ナレーションなどもなく、説明的な描写はかなり少なく、芸術的な
映像や音楽が多いので、全体的に謎に包まれている感じになっています。
なお、「ペイロード」の意味は、「宇宙船に搭載される乗員」のことです。
p222
接続を切るとおどかされたのである。 全入力を剥奪され、想像もつかない無意識の
淵につきおとされるのだ。
ハルにとって、それは死に相当するものだった。
・・・・そこでハルは自己防衛に出た。 そなわった武器を総動員し、増悪もなく
―― しかし憐みもなく ―― 災いの種を除去することにした。
p227
空気を失い、なかば機能の麻痺した宇宙船のなかで、地球との通信もとだえ、
ボーマンはひとりになった。
p230
彼の管理がなければ、ディスカバリー号は金属の屍となってしまう。
唯一の答えは、この病んだ有能な脳の高等中枢だけを切断し、純粋に自動的な管理
システムだけを作動させておくことだ。 ボーマンはあてずっぽうに行動している
わけではなかった。
p232
「デイジー、デイジー、答えておくれ。 気が狂いそうなほど、きみが好き」
==>> この小説にあるとおりに、本来のこのミッションの目的が、冬眠中の
三人の密命にあるとするならば、それを実行できるのは、最悪の場合は、
ボーマン船長ではなくHAL9000ということになるのでしょう。
しかし、ここでは、どちらが生き残るかという状況におちいってしまい、
その戦いにボーマン船長が勝ったということになります。
「デイジー・・・」の歌は、ハルが最後に、昔を思い出しながら歌っている
シーンです。
p236
「ボーマン博士、まず何よりも先に」とフロイドは話しだした。
で、ミッションのほんとうの目的だが、・・・・
p238
日の光にあたって活動する装置を暗やみに隠すのはーーそれがいつ光にさらされたかを
知りたいとき以外にない。 いいかえれば、モノリスはある種の警報装置と考えられる。
その引き金を引いてしまったわけだ。
p239
人類全体にそういうショックへの心構えをつけておく必要はあるかもしれない。
・・・なんらかの知識を得ないことには、心構えもできないありあさまだ。
これは未知の、潜在的な危険を含む領域への偵察飛行であり、きみはいわば斥候なのだ。
==>> さて、やっと、月面での調査に臨んだフロイド博士から、ボーマン船長に
極秘の目的がここで語られます。
300万年前に地球や月にやってきたと思われる地球外の知的生命が
モノリスを通信装置として使っていて、その発信先が木星付近にあるから、
そこを「偵察」せよということでした。
さあ、ボーマンとHAL9000との戦いは終わり、ディスカバリー号は、木星に
到着しました。 これからいよいよ、映画ではめちゃくちゃ幻想的な映像と音楽で
あるシーンが 小説という形で描かれていきます。
かなりの謎解きが展開するようです。
==== 次回その3 に続きます ====
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