保江邦夫著 「神の物理学 甦る素領域理論」 を読む ― 3 霊魂と言われると混乱するなあ、物理学なのに

 

 

保江邦夫著 「神の物理学 甦る素領域理論」 を読む ― 3 霊魂と言われると混乱するなあ、物理学なのに

  

形而上学まで含むという保江さんの理論「神の物理学 甦る素領域理論」

読んでいます。

 



p119

 

「霊魂とモナド」

 

ライプニッツの「単子論(モナドロジー)」は「私」の秘奥に位置する「心」の本質を

明らかにする論考をも可能とし、逆にそれを現代物理学の基礎づけのための理論として

中込照明博士によって「唯心論物理学」の枠組みとして「量子単子論」として生まれ

変った・・・・・・

 

==>> 119番と「霊魂」・・・なんだか近い感じがします。

     (冗談です)

     この辺りから、物理学が「唯心論」になっていくみたいです。

     ネット検索をしてみましたが、「唯心論物理学」は、この著者の専売特許

     のようにみえます。

     私の今までの感覚では「唯心論」vs「唯物論」が沁みついていまして、

     今更「唯心論」=物理学だと言われてもなかなか追いつけない予感は

     します。

     ただし、私は若い時は唯心論の方でしたので、冥途が近い今となっては

     またまた転向して物理学から唯心論、そして宗教へと向かうのかも

     しれません。

     しかし、今現在は、なんとか意識や心の問題を科学的に説明して

     欲しいと願っています。

     そうじゃないと、あの世にいっても安らかには眠れません。

 

 

p122

 

この宇宙は完全調和の中に内包される。 このとき、一つの完全調和と捉えられている

この宇宙が有限個の部分に分けられていると考え、その部分を「単子(モナド)」と

呼ぶことにする。

 

==>> この記述にはちょっと違和感があります。

     「一つの完全調和と捉えられているこの宇宙」の部分です。

     著者の今までの話では、完全調和が「破れた」ところに「この宇宙」がある

     ということだったはずです。

     「完全調和の真空」は「この宇宙」ではないってことだったんでは?

     なので、私はここを言い換えて、

     「完全調和の真空に取り囲まれているひとつのこの宇宙」と読みたいんですが、

     どんなものでしょうか?

     著者の意図するところを誤解しているのであれば、申し訳ない。

 

p123

 

このモナドは素朴な言葉では「霊魂」と呼ばれてきた存在を形而上学的素領域理論

の中で表現するために導入されたものだが、その実体は「真空」あるいは「神」と

呼ばれた唯一絶対の完全調和を分割したものに他ならない。

 

==>> ここで「真空」と書いてありますね。

     上記に書いたことは私の「イチャモン」と言うことにします。

     しかし、まだまだ、私はここに 「霊魂」とか「神」とか「唯一絶対」

     という言葉が出てくるのには違和感があります。

 

p123

 

この宇宙を構成するすべての素領域を囲むようにして存在する最小限の完全調和を

分割して得られるモナドなのだ

そのようなモナドは「霊」あるいは「霊体」と呼ばれ、素領域をまったく内在させて

いないモナドは「聖霊」と呼ばれるが、あくまで形而上学的素領域理論の中での用語

であって素朴な宗教的概念ではないことを明示するために、以下ではそれぞれを

「霊モナド」及び「聖霊モナド」と呼ぶことにしたい。

 

==>> ああ、ますますこんがらがって来そうです。

     もっと意味の分かる用語にしてくれないかなあ~~~。

     私なりに言い換えると、

     素領域を含んでいる真空 = 霊モナド = 素モナド

     素領域を含んでいない真空 = 精霊モナド = 空モナド

     ということですよね。

 

p124

 

このような霊モナド(=素モナド)と聖霊モナド(=空モナド)の間の転換事象は

「天使」とか「権現様」と呼ばれる。 洋の東西を問わず非常時に我々を助けに

現れるとされる神の使いの存在を説明するために必要となるのだが、これについての

詳説は未だ世の中からは受け入れられない感があるため、この程度にしておきたい。

 

==>> 著者の保江さんも分かってらっしゃるじゃありませんか。

     霊とか聖霊とか出てきた時点で、もう私なんぞは大混乱なんですから。

     上のように(=素モナド)などと勝手に読み替えを追加しました。

 

p124

 

実は、完全調和の真空を多数のモナドに分割する考え方の本質は、それぞれ

一体として統一された物質存在の背後にその物質存在を構成するすべての素粒子の

運動を制御する一つの霊モナド(=素モナド)がこの宇宙の裏側に存在するという点

にある。 

たとえば地球や火星などの太陽系内惑星のそれぞれを安定な物質形態として存在させる

ために、その背後には「地球モナド」や「火星モナド」とでも呼ぶような霊モナド

(=素モナド)がこの宇宙の裏側に存在している・・・・・「太陽系モナド」・・・

 

p125

 

天の川銀河系に属する恒星や恒星間物質については、それら全体の質量の総和が

それぞれの恒星などを万有引力によって中心部に引き付けて公転させるにはあまりにも

足りないため、我々がまだ見出していない未知の物質あるいはエネルギーが天の川銀河系

空間に存在していると考えられ、それを「ダークマター」あるいは「ダークエネルギー」

と呼んでいる。

 

p126

 

天の川銀河系を含め、この宇宙に存在する銀河系の集団は全体として3次元立体的な

網目構造あるいは格子構造を造り上げるように宇宙空間の中に立体周期的に分布している

という観測結果が知られている。 ・・・・ここにおいても形而上学的素領域理論に

おけるモナドの考え方を用いることが解明の糸口となるかもしれない。

 

==>> 出ました、暗黒物質。

     はい、いろいろと私はイチャモンをつけておりますが、こういう最先端の

     物理学にこの著者の素領域理論が次の時代のメジャーな仮説になることを

     草葉の陰から祈っております。

     と言いながら、保江さんと私はほぼ同じ歳でした。

     武道の達人だそうですから、少なくとも私よりは長生きでしょう。

 

p127

 

つまり「神の働き」でそうなるとしてそれ以上の考察を停止させてしまう弊害がある

という意見も一理ある。 それが単に「神の働き」としてしまう宗教的な逃げ

口上とならないためにこそ、形而上学的素領域理論のような新しい物理学の

枠組みにおいて「神」及び「神の働き」までも見極めていく必要があるのでは

ないだろうか。

 

==>> はい、私もその一理ある意見に賛成です。

     神の存在ということについては、大昔から議論されてきた人類の

     最終的な課題だとは思うのですが、過去に読んだ本の中には

     科学者のほとんどは神の存在は既に否定されたという主張が多かった

     ように思います。

     なので、保江さんが、なぜ敢えて神の名を出すのか、その真意が

     測りかねます。

     宗教は宗教で嫌いではないのですが・・・・

     下に、アインシュタインやホーキング、そして数学的に

     神の存在を否定したとされるゲーデルの話をごらんください。

 

「スティーブン・ホーキング著「ビッグ・クエスチョン」」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2021/05/post-c59899.html

「p43 

私はアインシュタインと同じく、「神」という言葉を、人格を持たない自然法則

という意味で用いる。 したがって、神の心を知るということは、自然法則を

知るということだ。 私の予想では、今世紀の末までに、人類は神の心を知る

ことができるだろう。

 

宗教がいまも神の領分だと主張できるのは宇宙の起源だが、ここにおいてさえ

科学が進展し、宇宙はどのように始まったかという問いに対して、まもなく

決定的な答えが与えられるにちがいない。

 

==>> このホーキングさんにせよ、ドーキンスさんやアインシュタインさん

     などの世界最高の科学者たちにとっては、宗教という文化は既に

     古代の遺物になっているようです。

     そして、過去に読んだ本の中では、数学者によって既に神の存在は

     否定されてもいるようです。

 

     「苫米地英人著「人はなぜ、宗教にハマるのか?」を読む ― 2 

     ゲーデルの不完全性定理の証明が神の存在を否定した

     http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2021/04/post-2ba5b8.html

  

「p157

ゲーデル自身はユダヤ系ではなかったと言われていますが、敬虔な

キリスト教徒であったのではないでしょうか。 彼は、不完全性定理

の証明が神の存在を否定するということにたいへん悩み、その後の

人生を神の存在証明のために費やすようになりました。

・・・そして、ついに頭がおかしくなり、療養先の精神病院で餓死

するという最期を迎えます。」

 

==>> ついでに真言密教の大日如来のことを書いておきます。

https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E5%A6%82%E6%9D%A5-91806

     「摩訶毘盧遮那と音写し,大日遍照,遍一切処などとも漢訳される。

真言密教の教主。宇宙の実相を仏格化した根本仏であり,一切の

現実経験世界の現象はこの如来そのものであるといわれる。」

 

つまり、言いたいことは、密教という宗教ですら、

大日如来のことを「宇宙の実相を仏格化した」ものとしていて、

「現実経験世界の現象はこの如来そのもの」という表現にしている

わけです。

どちらかと言えば、アインシュタインやホーキングさんのような

表現で「法則」だと言っているんですよねえ。

ですから、物理学者にはせめてそういう表現を使って欲しいわけです。

 

 

p128

 

「生命の本質」

 

p129

 

地球における多種多様な物質の存在形態の中で最も顕著に大別されるものに、

「生物」と「無生物」、すなわち生命のある物質形態と生命のない物質形態がある。

・・・・生命の本質、つまり無生物あらどのようにして生物が発生したのかについては

まったく解明されていない・・・・

 

 

p130

 

「生命力」を科学の範疇で模索し始めたとたん、どこを探しても手がかりすら出てはこない。

・・・本来は形而上学の中でのみ捉えうる概念でしかない。

 

 

==>> 確かに生命というのはどのように定義できるのか、難しいようです。

     https://kotobank.jp/word/%E7%94%9F%E5%91%BD-86523

     「生命とは人間を含めた生物一般の基本的な属性である。しかし生命を

科学的に規定することはなかなかむずかしい。生の否定である死の

定義が医療の現場の問題としても議論の的である現状からも、

生命の定義のむずかしさがうかがえる。かりに脳の活動停止を

個体死と規定しても、機能を維持している器官や組織が存在している。

個体をつくっているすべての細胞が活動を停止すれば、生物学的

には完全に死であるが、これも難問を含んでいる。なぜなら、

細胞が死んだというためには、「細胞が生きている」ということ

が規定されていなければならない。その完全な規定はまだなされ

ていないのである。」

 

・・・・ただ、私が思うのは、生きているということ自体が、

この世、我々が現に生きているこの宇宙の中での出来事であるのならば、

それをいきなり形而上学に持っていくのはかなりムリがあるのでは

ないかと思えるんです。

     あの世でも生きているという話になると、これはもう宗教の世界でしょう。

 

 

p133

 

「モナドと生命」

 

ここでは、「モナド」の考え方を用いることで「生物」と「無生物」の二大分化の由来

を明確にして「生命力」に対して適切な意味づけをすることを目的としているため、

「モナド」の階級分けに相当する捉え方を導入することにする。

 

 

p134

 

いわゆるウイルスと呼ばれる高分子構造体は「生物」と「無生物」の中間に位置すると

いう捉え方が学界で有力となってきているため、それに対応できるように「生物」、

「中間物」、「無生物」という三大別を導入しておくのがよいだろう。

 

・・・つまりその空間を構成する素領域を包含するモナドの側の制御性能に、対応する

三段階の違いがあると考えるのが最も素直なことではないだろうか。

 

==>> ここでは、モナドが何らかの制御能力を持っていて、その能力に3段階の

     レベルの違いがあるという仮定をしています。

 

p135

 

形而上学的素領域理論においては、その素領域の泡と泡の隙間を埋めている

完全調和の繋がった一部分をモナドと呼び、それがこの宇宙に存在する物質の

存在形態を、あの世の側からこの世の最小構成要素としての素領域に接することで

制御していると考えるのだ。

 

 

==>> ここで「あの世」と言っているのは、完全調和の真空ということであって、

     「この世」というのは我々が現に生きているこの宇宙ということですから、

     真空と宇宙が接しているところでなんらかの制御能力が働いている

     ということになります。

 

p138

 

・・・この宇宙の空間を構成する素領域の外側にひとつながりとなるように、この世

の外側に存在する完全調和の一部分であるモナドとして人間の霊魂を定義することが

できる。

 

・・・素領域の中にエネルギーとしての素粒子が入り込んでいるとき、その人間の

身体がこの宇宙の中に存在することになるのだ。

 

・・・このとき、肉体が宿っていない霊魂というものも存在することになるが、

それは霊魂という完全調和のつながった一部分としてのモナドが取り囲む素領域の

ほとんどが素粒子が入っていない空の泡になっているものと理解できる。

 

==>> つまり、「完全調和の真空の中にあるモナド」というのは、p123で書いた

     「素領域を含んでいない真空 = 精霊モナド = 空モナド」であって、

     肉体が宿っていない霊魂というのは

     「素領域を含んでいる真空 = 霊モナド = 素モナド」という

     ものに対応するのでしょうか。

     そして、エネルギーすなわち素粒子がその素領域に入ると

     現実の肉体を持った人間という話になりそうです。

 

p139

 

霊魂は、完全調和のひとつながりになった一部分だからといって、あの世である完全調和

の固定された一部分というわけではない。・・・・一瞬で完全調和の他の一部分にも

なれるし完全調和の全体にもなれる。

 

 

誰々という一人の人間がこの世に生まれるとき、まずは一つの卵細胞が受精して

細胞分裂が始まるときに、その受精卵が存在する子宮内の空間を作り上げている

すべての素領域の周囲を取り囲んでいる完全調和の一部分であるモナドがその

誰々の霊魂として、その働きを開始している必要がある

 

==>> ここでは、どのように霊魂が肉体に宿るか、否、肉体が霊魂に宿るか

     という一人の人間の生まれる瞬間を記述しています。

     霊魂はあの世、つまり完全調和の真空にあって、そこからこの世に

     やってくるという話のようです。

 

p140

 

人間の死というものがどういうものかというと、 その人間の身体細胞組織を作り上げて

いるすべての分子・原子の構成要素である素粒子のそれぞれが入り込んでいる空間の

素領域をすべて取り囲んでいたはずの完全調和の一部分としての霊魂が、その人間の

身体組織がある空間の素領域を取り囲まなくなってしまうことに他ならない。

 

==>> 私が今一つ理解できないのは、「霊魂」という言葉です。

     p138では「この世の外側に存在する完全調和の一部分であるモナドと

して人間の霊魂を定義することができる。」

著者の言う霊魂は、あの世にあるわけですね。

それは完全調和の真空に存在するモナドであると。

それは、真空の一部でもあるし、全体でもあるという。

著者はそれは神のようなものと言っているのかもしれません。

しかし、私が過去に読んだ本などで考えてみたのは、ここでいう霊魂と

我々の意識というものは同じなのか異なるものなのかという点です。

 

以前調べてブログにアップしたものの中にこんな主張がありました。

 

「宇宙の意識が あなたの身体に閉じ込められて」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2017/07/post-b50e.html

「デビッド ハミルトン博士は、量子のPARTIDESを通じて、すべての

意識は宇宙にあって、常に存在してきた。そして、あなたが生まれた時に、

それは物理的な存在の中に流れ込む。

PartidesPartidaの複数形なのですが、意味が分かりません。

スペイン語やポルトガル語みたいな語彙なのですが、アイテム、

出発、作業班、荷物、積荷などの意味があるようです。文脈から

推測するに、量子に付随するなんらかの性質なんでしょうか。)

  

Writing for website Heal Your Life, Dr Hamilton said: “I believe that

each of us exists before we are born on earth.”

He added: “Each of us is pure consciousness, currently focused

in a physical dimension.

HealYour Life(あなたの人生を癒す)というウエッブ・サイトに

寄稿し、ハミルトン博士は 「私たち一人一人は地球上に生まれる

前から存在していたと信じる」と語った。」

 

・・・この考え方は、今読んでいる保江さんの理論に近いように見える

のですが、ハミルトン博士は「霊魂」を引っ張り出さずに「意識」と

言っているからです。

霊魂と意識がどう違うのかと突っ込まれても困るのですが、

「意識」といえば、今この世で生きている我々の意識という意味が

ありますから、理解がしやすいということになります。

 

 

p144

 

「愛や祈りによる治癒のメカニズム」

 

確かに、愛や祈りによってガンなどの難病から救われた患者も決して少なくはないの

だが、医学的あるいは科学的にはありえないとしか考えられないこのような現象が、

いったいなぜどのようにして生じているのだうか?

 

p145

 

正しい生命活動が弱ってくるということは、霊魂の側からの働きかけが素領域に対して

なされていても、何らかの理由によってその素領域自体がうまく機能しなくなっていて、

その結果として設計図にあるものとはちがった分子配列を持つ遺伝子などや異常組織

を生み出してしまう素粒子までもが入り込んできているということだと理解できる

 

p145

 

現代医学における治療方法は・・・・・身体の中にできた異常組織の分子配列

を外部からの物理的な操作で正常な範囲のものに引き戻そうとするものだと

かんがえられる。

 

p146

 

たとえば気功などで免疫力を高めることで、時間をかけて異常組織をうまく設計図

どおりの分子配列に戻せたとしても、やはり病気の原因が分子配列を作っている

素粒子の側ではなく、霊魂からの働きかけに対して正しく反応しなくなっている

素領域の側にある場合には、・・・・再び異常組織が生まれることもある。

 

p147

 

これが霊魂療法(スピリチュアルヒーリング)に他ならない。

たとえば日本では各地に病気を祈禱で治す神社仏閣があって、そこで修行を積んだ

神官や僧侶が神仏に呼びかけることで病気を実際に癒す場面も少なくない

 

==>> 残念ですが、ここまで話が発展してくると、私には理解できません。

     私が過去通17年ほど生活してきたフィリピン・バギオ市でも

     フィリピン独自の心霊療法とか呼ばれる伝統的な療法や、キリスト教系の

     祈禱による精神的療法があることは知っています。

     前者の場合は、日本からその心霊療法を最後の砦として受診しにやって来た

     患者の方の通訳もやったことがありますが、結果はいわゆる詐欺みたいな

     ものでした。

 

     「バギオの心霊治療」

     http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2014/11/post-65b0.html

     「私は数年前に通訳の仕事をしていて、日本人から心霊術師を紹介して
欲しいとのEメールを何度かもらったことがある.

私自身は全く心霊術を信用していないので、その旨を告げ、それでもいいなら
紹介し通訳をすると返事をした・・・

実際に術を受けた日本人から 帰国後に病院で精密検査をやったところ
いずれも癌などは取り除かれていなかったとの報告を受けた・・・

私が数年前に実際に立ち会って通訳をしたのは日本人患者二人だった.
私が住んでいるキャンプ7の近くにあるその心霊術師の診療所の話をした

ところ、教授は それはおそらく アグパワの弟子のその次の世代の

術師だろうと言う.

一方、ムンバキは山岳民族の祈祷師であって、心霊術師ではない・・そうだ.

また、霊媒師(いたこ)は別もので、たまにムンバキの中に霊と交信する

能力が備わった人がいるかもしれないが、基本的には 霊媒師と祈祷師

は違うものである.

 

過去の読んだ本の中では以下のような議論がありました。

「伊勢田哲治著「疑似科学と科学の哲学」」

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2021/02/post-ddb9b4.html

「p158 

例えばビタミン剤など、その病気と関係がないことがわかっている薬

投与した場合と、なにもしなかった場合では、薬を投与した場合の方が

治療効果が上がることがさまざまな実験から確かめられている。

効果の見られる患者の比率は70%にもおよぶという。

プラシーボ効果は患者が信じることで成立するので、権威のある先生が

投与する、といった「いかにも効きそう」な状況においてより働きやすく

なるらしい。 代替医療に懐疑的な側からは、代替医療の治療効果の

大半はこのプラシーボ効果ではないかと言われている。」

 

・・・この本では、心霊療法についての記述はありませんが、

少なくともプラシーボ効果というものがどのようなものかについて

科学的な結論は出ていないようですので、人と人との間の精神的な

治療行為によって、なんらかの体内での化学反応が起こっている

のかもしれません。

いずれにしても、医療に関しては、臨床に基づく確かなデータによる

議論をして欲しいなと思います。

 

ちなみに、プラシーボ効果については:

https://kotobank.jp/word/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%9C%E5%8A%B9%E6%9E%9C-669367

「一般に,内服薬では乳糖を,注射薬としては生理食塩水を用いる。

薬理作用によらない暗示的治癒効果をプラセボ効果(プラシーボ効果)

というが,これは偽薬を患者に与えたときの治癒効果である。

プラセボ効果は疾患によって違い,精神疾患,リウマチ疾患,各種の痛み,

高血圧,消化性疾患ではつよく現れる。」

 

 

 

さて、やっと二回目の読書で、私なりになんとか理解出来たように思います。

ただし、数式のあるところは完全にすっ飛ばして読みましたので、永遠に

完全に理解することなどは出来ません。

 

少なくとも前半部分については、量子論と相対論を統合する将来の物理理論として

期待を抱かせるような内容だったと思います。

しかし、著者が形而上学的という部分に力を入れれば入れるほど、私のような

ど素人でも、ちょっとぶっ飛び過ぎじゃないかと引いてしまうような内容になって

いると思います。

 

今後は、ライプニッツのモナド論に関連する分かりやすい本があれば読んでみたい

と思います。

 

この本の「付録」として、

中込照明博士の

「モナド論的あるいは情報機械的世界モデルと量子力学(数理的考察)」

という論文があるんですが、私には到底理解できそうにもありませんので

ギブアップします。

 

 

 

==== 完 ====

 

 

 

 

 

 

 

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